ウィーゼル製作所物語-PAGE4-

 DOS/V magazineで連載中のコラム「日々是好日日記」にて番外編としてときどき掲載している「ウィーゼル製作所物語」をたくさんのリクエストにお答えして転載します。

 (注意:内容は実体験を元にしていますが、フィクションを含み,また,企業名、団体名、登場人物は実在のものとは関係ありません)

第14回分

▼199×年6月×日 リアルファイトの話

 日も落ちかかった夕方,終業のベルの放送が工場敷地内に響き渡る。

 工場の多くのブロックが未稼働となっているほどの不景気ということもあり,ここ,ウィーゼル製作所勝田工場ではここのところ定時退社が基本となっているようだ。

 以前,述べたように工場の敷地は非常に広いため,工場内から出るときも構内バスを利用する。工場敷地内には数カ所のバス停が存在し,勤務者は,終業ベルを聞くと同時にダッシュで作業着から着替え,バス停に走ることとなる。バスの台数はそれほど多くないため,最初のバスに乗り遅れると次のバスが戻ってくるまで5〜10分近く待たなければならない。10分とはいえ,帰宅時間が遅くなってしまうため,所員はみんな最初のバスに乗るために必死なのだ。

 ここに来て間もない私はそんなローカル情報を知るよしもなく,終業ベルを聞いたあとは,更衣室でのんびりと作業着を脱いでいた。

 鉄粉まみれの作業着をロッカーにしまい,テクテクと歩いてバス停に行くと,そこには最後の数名が押し合いへし合いで乗り込もうとしている発車直前のバスがあった。全ての状況を瞬間的に理解した私は,ソニックブームを巻きおこさんばかりの猛ダッシュでバスに走り込む。なんとかバスに乗り込めたものの乗降口の階段にまで人が立つような混雑ぶり。こんな片田舎でも都心に負けないくらいのラッシュアワーはちゃんと存在するのであった。

 

 工場正門前でバスを降りた私は,寮に帰ってもやることがないので,勝田駅周辺の商店街をぶらぶらしてみることにした。

 本当になんにもないところなのだが,ブッと吹き出してしまう看板を発見。

 駅近くの路地に「勝田信用金庫」というのがあるのだが,ここの駐車場に「かつしん専用駐車場」というマジック手書きの看板が突っ立っていたのだ。そう,勝田信用金庫…略して「かつしん」である。

「パンツに麻薬仕込んだ人しか停められなかったりして…アハアハっ」

などとくだらないことを考えニヤニヤしつつ,歩き続けていると,こぢんまりとしたゲーセンを発見。

「おお,こんな片田舎にもゲーセンがっ」(さっきからちょっと勝田をバカにしすぎっ)

ゲーセンと行ってもちょっと大きめな物置サイズで,プレハブ作り。店員は婆さんだけで,しかもカウンターで居眠りをしているという,いかにもカントリーサイド(田舎を英語で言ってるだけ)のゲーセンといった面もち。まぁ,駄菓子屋やめてゲーム機置いてみた…という感じだろうか。ちょっとノスタルジックな雰囲気が漂っているのもいい。

 当時の私はカコプンの「スーパー・ストリート・バトラーII・ゼット」という対戦型格闘ゲームに夢中だった。そこで,これが店内にあったらやってみようと思い,覗いてみると…あったあった。しかも学生服を着た高校生くらいのコゾウが既にプレイしており,筐体の反対側は「善司サマ,いらっしゃるかと思いまして本日はあなたのために予約しておりました」といわんばかりに空いている。

「うむ! ここで異国プレイヤーの腕前拝見と行こうかの」(注:勝田は日本国内の土地です)

と,コインを投入,ゲーム開始。

 当時の私はバログルという鉄の爪を付けた仮面キャラを主に使っていた。こいつはド派手な連続技はないが,スピードとジャンプ力を活かした空中殺法で相手を翻弄しながら戦うスタイルをとる。当時の私は,怒濤のごとくフィールド内を動き回って相手をガードしがちに押さえ込み,虚を突いて投げ技を決めるという戦法を取っていた。相手が熟練プレイヤーだと,この戦法は読まれがちで,なかなか通じないのだが,対戦相手によってはドツボにハマり,連勝も可能だったりする。

 このとき相手だった高校生にはこの戦法が見事ハマったようで,連戦連勝となった。しかし,しつこいほどに何度も何度も挑戦してくる。

 10連勝近くしたころだったか,再度挑戦してる様子もなくなり,向かいの台が静かになった。

「あれ,もう終わりかな」

…と,その時,この高校生が私のところに現れたのだった。そして一言

お前,ずるいっ

続いて,私の肩を掴み,ゲーム筐体の椅子から立たせると,胸ぐらを掴み,もう一度こういった。

お前,さっきからずるいっ

「さっきから」というフレーズを追加したあたりに,かなりの怨念が感じられるが,「っぺ」で妙に力が抜ける。

 どうも連戦連敗が彼のプライドを傷つけたようだ。しかし,テレビゲームで負けて怒る…というのは呆れてものが言えないほど幼稚な行動である。負けそうになってオセロ盤をひっくり返す幼児と変わらない。そこで私は

「ゲームに負けるのがいやならさ,ゲームすんのやめなよ?」

と言ってやった。

 この台詞内容と私の標準語イントネーションに彼は「怒り,平日倍額キャンペーン実施中」状態となり,「READY! GO!」の合図もなしに,殴りかかってきたのである。

 ここで乱闘騒ぎになってしまっては「ウィーゼル新入所員,ゲーセンで大暴れ」みたいな事件となってしまうかもしれない。これはヤバイ。また,アホ高校生というキャラ具合からして,仲間を集結させてきてリンチを喰らう可能性だってある。これは逃げた方がいいだろう…。しかし,ゲーセンの出口はコイツの向こう側…退路は相手に塞がれてしまっている。どうする!?…この間,わずかレーコンマ数秒。

 降り掛かる拳を腕で受け,そのあと全身全霊を込めて相手を両腕で突き飛ばす。

 相手の体がそれほど大きくなかったこと,そして相手が勢いあまってバランスを崩していたこともあり,コゾウは吹っ飛び,壁に激突。そして壁はバックスバニーの漫画みたいに人型に破れ,コゾウは壁にめり込んでしまったのである。

 別に私がスーパーマンになったわけではない。なんと,このゲーセンの壁はベニア板で出来ていたのだ。突然の物音に居眠りしていた店長(?)の婆さんは「あぎゃあ」という声と共に目を覚ます。コゾウはベニア板にめり込んでいて身動きが取れない…。私はこの場にいてはまずい…と本能で判断,そのままダッシュでその場を逃げ去ったのであった。

 

 翌日,そのプレハブ・ゲーセンを覗いてみると,そのベニア壁の人型の穴は「スーパー・ストリート・バトラーII・ゼット」の特大ポスターによって覆い隠されていた。あのポスターの後ろに未だ高校生が埋まっていないことを祈りつつ,その場を去る私であった。

第15回分

▼199x年6月×日 週間作業票の話

 茨城県勝田での現場実習も1週間が過ぎた。その朝の朝礼後,ワニ顔班長が私のところにやってきて

「どうだ? 週間作業票持ってきたっぺか?」

と語りかけてきた。

 「週間作業票」とは現場実習生が1週間どんな仕事をしたかを記し,その仕事によって何を学んだかということをまとめるという,何だが学校の連絡帳みたいなものだ。ワニ顔班長は原料課の私が所属する班の班長さんなので,この私の書いた週間作業票に,監督者としての見解を書かなければならない。そして適当な処理の後,どうやら自分が本来所属しているウィーゼル製作所,ソフトウェア事業部の方に転送されるらしい。

 ワニ顔班長は,私の週間作業票を見て「だるまさんが転んだ」といった直後のように,全身を微動だにはしないが小刻みに震えているという状態に陥っていた。どうやら週間作業票の内容になにやら感銘を受けているらしい。

 私はこの一週間,工場内の無意味な清掃活動しかやらされていなかったので(第12回「現場実習でウィーゼル魂を学んだ話」参照),それを正直に書いたまでだ。

 「工場内清掃」という文字列が縦に綺麗に5個列び,ソフト屋ならば「圧縮が利きそうだ」などの冗談の1つも飛び出しそうな内容になっていた。

 で,この作業内容に対して「何を学んだか」という欄には,やや茶目っ気をブレンドして

「私はこの一週間,やたら広い工場内を,掃いても掃いても,その上から鉄粉がまき散らされる中で清掃を続けました。排出される鉄粉の量があまりにも多く,自分のちっぽけな清掃能力では全く綺麗になりません。

 これは,人類がまき散らす環境汚染と,自然の治癒能力の関係に似ているのではないでしょうか。自然がどんなにがんばって浄化しようとしても,人間がそれ以上のペースで環境破壊を行ってしまっては,いずれ地球は破滅してしまうということです。

 この1週間の作業のあと,私は,自然環境がこのままでは人間の手によって完全に汚染されてしまうのではないか,ということを危惧するようになりました。自分1人だけではどれほど世界に貢献できるか分かりませんが,自然を大切にする努力をしていきたいと思います。

 また,現場実習は「ウィーゼルの原点を知る」という意義があるそうですが,私が使っている掃除機の吸引力はすさまじく,ウィーゼル・モーターの底力を身を持ってい体験しています。この原料課に現場実習にきて,一週間になりますが,このウィーゼル用業務用清掃機SGK-360Wが今一番の友達です。」

というような内容を記述した。

 今後,私が将来,大犯罪か何かを起こした場合には,きっと,このややクレイジーな作業票が取り沙汰され「西川容疑者は昔からこのように情緒不安定な側面があった模様です」などとワイドショーのレポーターが眉をひそめて語ることだろう。

 私は実際この一週間完全に放っておかれていたので,ワニ顔班長とは原料課に最初に来たときしか口を利いていない。だから,彼にとっては,私は未知なる人物のままなのだ。「こいつ,ほんとに頭おかしいヤツじゃなかっぺか」みたいな茨城なまりの自問自答が彼の頭の中で繰り返されているようで,「ばっかもーん,ふざけおって」と波平ばりに怒鳴って叱ることもできなかったようだ。

▼199x年6月×日 ギキョーの話

 まぁ,私の書いた「作業内容に対する見解」も凄いが,よく考えると,工場内清掃が5個縦に並ぶというのもちょっとあんまりだ。これがソフトウェア事業部に転送され,本社とかに「現場実習生を邪魔者として扱っている」ということが知れてしまうとちょっとまずい。…ワニ顔班長はこう考えたのではないだろうか。私がその場を去ろうとしたとき,ワニ顔班長が口を開いた。

「西川くーん,今日は掃除以外のことしてみっぺか。正直言って掃除機,飽きたっぺ? がはは」

ちょっと動揺している上に,声がうわずっていた。ちなみに最後のはダジャレだが,乗るのとつけあがらせてしまうので

「はい,何をすればいいでしょう?」

とだけ応える。

「今よ,ウィーゼルのギキョーのセンコーカイやってっから,見に行くべか?」

「え?…はい」

 よく事態は分からなかったが,今日は掃除はしなくていいらしい。私はワニ顔班長の後に続いた。

 工場内は何度もいっているように本当に広い。工場敷地内を5分くらい歩いたところに,町工場のような,トタン屋根のこじんまりした建物があった。なにやら数人のウィーゼル所員が中を覗き込んでおり,窓から建物の中の様子はよく見えない。

 中からは「気合い入れろっ」という野太い年輩の男性のかけ声のあと,若々しい声が「ハイ!!…イチ,ニ,サン,シっ」という声が。

「なにかの道場か?」

 しかし,かけ声のあとに聞こえてきた音は,竹刀の乾いた打撃音でも,畳が放つ重低音でもなく,ぎゅわいい〜んという,勝田に来て以来散々耳にしているグラインダーの音だった。頭の中,「?」飛び回り状態の私は,ワニ顔班長の後に続き,その建物の中に入っていった。

 その建物の廊下には賞状が掲げてあり,壁際のサイドボードのようなところにはトロフィーやら盾のようなものが陳列されている。本当になにかの道場のようだ。

 ワニ顔班長の案内のもと,グラインダーの音が鳴り響く部屋の中に案内された私はそれまで見たことのない光景を目の当たりにする。

 中では,20歳前後の,それも頭を坊主刈りにした若い男達数人が,鉄板のような資材を用い,グラインダー,万力,スポット溶接機等の工作機械を駆使し「じょうろ」のようなものを作っていた。周りにはウィーゼル所員とおぼしきギャラリーがおり,それぞれに彼らの作業について歓談し合っていた。

 鬼教官(とおぼしき)人物は右手に握ったストップウォッチのようなものを睨みながら,いらついている。若い男達の顔面には汗が滴状に付着しており,その表情は真剣だ。しかもその手際の良さは,素人の私の目にも,「素早い」と感じさせるほど見事なものだった。

 若い男は「じょうろ」の管と本体との溶接を完了すると「ハイっ」と声を張り上げた。その声を聞を合図に,まるでリレー競争のように別の若い男が作業スペースに入り,続きの作業に取りかかり出す。やや遅れて,もう一つの作業場にいた若い男が「ハイッ」と声をあげ,作業を別の者にバトンタッチした。まるで競争をしているようだが…。

「これはな,来月行われるウィーゼル製作所技術者競技全国大会,通称ギキョーに出場する代表選手の最終選考をやってるだよ」

「何ですか,それは。」

「ウィーゼル全社内で誰が一番高い技術を持っているかを競う全国大会よ。コイツラは…んー…若ーからよ,高卒で入ってきた工員だな…ってことは24歳以下の部の選考をしとるんかな,今。」

「代表選手の選考会ということですか」

「そうよ。ウィーゼル製作所ではな,毎年こーゆー技術者の技術力を競う競技会が行われてんのよ。言ってみりゃ,ウィーゼルの技術者甲子園みたいな感じだっぺ。いかに早く,正確に,そして美しくモノを作るか競うんだな。」

「これってチーム戦の代表者選考をやってんですか」

「ンだ。3人一組の競技だな。ラインで作業したときの早さを競うみたいな感じよ。今年の機械工作部門の題目はじょうろみたいだな。」

 延々と同じ作業が繰り返される工場では,どうしても仕事に対するモチベーションが低くなりがちだ。こうした競技会を開催することで,各工員の意識を高めようという狙いなのだろう。なんでも,競技会で入賞したりすればその後昇給したりもすることもあるらしい。

「さっき聞こえたイチニサンシはなんだったんですか」

「あ,あれはな,作業前と後の工作機械の安全確認のかけ声だっぺ。ほら,工作機械は危険だからよ,工場内で事故起きると責任問題だから。それも競技会の評価対象よ。」

「他にもいろんな競技があるんすか」

「あるだよぉ。それこそ,ほれ,今は使ってないけど,原料課にもあるあの電車挟んで回すアレとかよ,工場の天井行ったり来たりするクレーンあんだっぺ? アレの種目もあるだよ。俺も溶接の代表選ばれたことあんだよ。入賞は出来なかったけどもな。西川君もなんか挑戦してみっぺか。がっはっはっは。」

「はぁ…工場内清掃部門の個人戦があれば,ぜひ…」

 ワニ顔班長との溝がマリアナ海溝くらい深まった瞬間だった。

第16回分

▼199x年6月×日 スポット溶接機の話

「西川君、今日はよぉ、スポット溶接、やってみっぺか」

 ワニ顔班長は、翌日も朝礼の後私の前にやってきて、こう私に声をかけてきた。

 全く意味のない、掃除ばかりをやらせていた…ということが、相当「まずい」と感じたのだろうか、昨日のギキョー見学(第15回参照)といい、なんだか、猛烈なラブコールが始まったような気がする。

「スポット…溶接ですか…」

「そうよ。せっかく、現場研修にきたんだからよ。ちょっとは変わったことやってみんと。」

「自分みたいな素人がやってもいいもんなのですか」

「ああ、まぁ、ほんとはよ。教育受けて社内資格とらなきゃだめなんだけどよ、まあ,やらせる作業は、それほど高度なモンじゃねぇから、問題ないっぺよ。おーい。柴岡さんよぉ。」

自分の持ち場へ向かおうとしている柴岡さんに、ワニ顔班長は声をかける。

「柴岡さんよ、西川君にスポット溶接教えてやって。あの、A-543の電源ボックスなら…問題ないっぺ。やらせても。」

「ああ。まぁ大丈夫だっぺ」

「はぁ。溶接なんてしたことないけど。大丈夫かなぁ。ハンダ付けはしたことありますけど。」

「簡単、簡単。大学出てる脳みそ持ってりゃ大丈夫だっぺ。スポット溶接だけに、『スポッと』覚えられっぺよ。がははは」

ワニ顔班長はここ勝田工場原料課では班長の立場を獲得しているが、家庭での彼の地位というものがいささか心配になった。

 柴岡じーさんは慣れっこなのか、ワニ顔班長のオヤジギャグがギャグだと理解できなかったのかはわからなかったが、彼は無言で私に「付いてこい」と合図。ワニ顔班長も,自分の持ち場へと消えた。

 柴岡じーさんは,私をスポット溶接機まで案内し、使い方を語り始める。

 溶接と聞いていたので鉄仮面みたいなのをかぶって、なんか火を噴くビーム銃みたいなバーナーを使ってチリチリやるのを想像していたのだが、全然違っていた。

 金属板でできた子供の勉強机みたいな台に、座り心地が悪そうな椅子が1つ。その脇には,がっしりした足場に支えられて太い円柱のようなものが垂直に取り付けられている。なんだか、顕微鏡のお化けに机を寄せたみたいな外観だ。かなり使い込まれているようで、机も、お化け顕微鏡も、かなりの錆が付着しており、それがまた重量感を醸し出している。

「まず、椅子に座ってよ。スイッチを入れる。ペダルを踏むと、これが台上のものを打ち付けるから。」

柴岡じーさんは、無数の穴が開けられた鉄板を籠から取り出すと、台の上に置きペダルを踏んだ。するとその顕微鏡みたいな筒はプシュという短い排気音を出し、台上のものを「ダン」と強く打ち付けた。

「これ、一点に高温で500キロ以上の力で打ち付けるからな。注意しろよ。ボーっとしてっと、手に穴あくっぺよ。」

 こ、これは確かに危険な作業機械だ。たしかに教育を受けてから使わなければいけないだけのものではある。これを私のような現場研修に来た程度の新人に使わせちゃって大丈夫なんだろうか。

「それで、このスポット溶接機で何をすればいいんですか」

「このワゴンに入ってる鉄板あるっぺよ。」

「はあ。」

「そう。ここに入っている鉄板な、よく見ると箱に組上がるようになってるのわかるっぺ。」

 なるほど、単なる長方形の板ではなく、直方体を展開したような形をしている。

「これはよぉ、電車のそこに付いてる、電源ボックスのボディになるもんなんだっぺ。ただ、鉄板を直方体に組み上げるとな、重くなるっぺ?」

「ははあ。だから、無数に穴が空いていて,ちょっとでも軽くしようとしているわけですね。」

「おぉ。さすがは大学出だなぁ。賢いっぺ。」

 ワニ顔班長といい,どうも、この勝田工場では「だいがくで」は差別用語として使う風習があるようだ。

「んで、穴があいてると、その分、強度が足りなくなるわけよ。それと,穴あけの工程で鉄板が曲がってしまうわけな。んで,このスポット溶接機で打ち付けることで,強度を増すのと一緒に,その歪みも直しちまおうっていうわけ。」

「なるほど。」

「ま。適当にまんべんなく,打ち付けてくれればそれでいいから。そいじゃ,がんばって。怪我しないようにな。」

「え!?」

 それだけいうと,あっという間に柴岡じーさんは自分の持ち場へ帰ってしまった。とにかくやるしかない。

 教えられたとおりにペダルを踏み込むと,こぎみ良い打撃音が鳴って鉄板が打ち付けられた。もちろん工場内は騒音まみれなのだが,打撃の瞬間の振動は体に直やってくるので,その騒音の大アンサンブルの中にも,確かに自分が鳴らした音の存在が知覚できる。

 連続でペダルを踏んでみる。

 ダン・プシュー ダン・プシュー

 打撃音と排気音が交互に鳴る。テンポ120〜150くらいの速度くらいならば,いい感じで任意のリズムを刻めるではないか。私は当時も「MIDI小僧」のシンセ好きだったので,この自分の行動が音を生み出す,スポット溶接機が大変気に入ってしまったのであった。まさに,「ちょっと危険な匂いをまとったインスツルメント」といったところか。

「そうだ,ヘッドフォンステレオを持ってきているじゃないか。あれで好きな音楽を聴きながら,スポット溶接機の"演奏"を『楽しもう』!!」

 以前,述べたように,私はロボコップのような重装作業着を着ているうえ,顔もヘルメットと防塵グラス&マスクで覆っているためにヘッドフォンステレオで音楽を隠し聴くくらいは,ワケなく行えてしまうのである。

 もっとも工場内騒音でヘッドフォンから鳴る音楽が聴けるかどうかは微妙なところだが。

 速攻でロッカールームに行き,鞄からヘッドフォンステレオを作業着に仕込み,ヘッドフォンを耳に押し込む。これでOK(何がだ)。

 自分の作業場に戻り,スポット溶接機に座る。胸の位置に仕込んだリモコンの再生ボタンを作業着のうえから押す。工場内の騒音の影響でメロディ部分しか良く聞こえないが,これで十分だ。

 かくして私の工場内単独ライブコンサートは始まったのである。

 ♪ダン・ダダッダ(プシュー) ダダン・ダダッ(プシュー)

 ♪ダン・ダダッダ(プシュー) ダダン・ダダッ(プシュー)

 数ある工場内のスポット溶接機の中で一際,ダンサンブルビートを刻む一台がそこにあった。そして「歪み補正/スポット増し完了」ワゴンには,私のパッションがつぎ込まれた"作品達"が投げ込まれていく…。

 「直りきっていない歪み」「まばらなスポット溶接」…その未成熟な若々しさに満ちあふれた電源ボックスはまさに私の"青春の幻影"そのもの。

 私の"青春の幻影"を積んだ電車は、今も日本の線路の「どこか」を駆けめぐっているのだろうか。

 

(つづく)


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