ウィーゼル製作所物語-PAGE2-

 DOS/V magazineで連載中のコラム「日々是好日日記」にて番外編としてときどき掲載している「ウィーゼル製作所物語」をたくさんのリクエストにお答えして転載します。

(注意:内容は実体験を元にしていますが、フィクションを含み,また,企業名、団体名、登場人物は実在のものとは関係ありません)

第6回分

199x年4月3日 壁新聞と練習帳の話

 新人研修第1日目も後半戦に突入する。

 昼食後は給与振り込み先銀行に関する説明や社会保険に関する説明が行われる。別にどうってことはない,事務手続きだ。

 これが終了すると,新人研修担当の人事部の男,菅野という男が,

「それでは『新人紹介新聞』を作るための班分けをします」

と切り出した。

 なんなんだ,それは。

 話を聞くと,こういうことらしい。

 「わたしはこんな人です」という自己アピールを模造紙のような大きい紙に書き,これを事業所内の人目のある掲示板に張り出すらしい。毎年,ウィーゼルの新人が各事業所に配属すると,新人達自身が作ることになっているもので,とても重要なものなのだそうだ。ここソフトウェア事業部にも部署がたくさんあるわけだが,各部署の採用担当者が,これを見て「お,こいつは我が部に欲しいねぇ」なんてこともあるとかないとか。

 まぁ,とにかく,班に分かれて小学校の学級壁新聞みたいなのを作れってことだ。

 50数人いる新人達は1班7,8人程度に菅野の指示に分割された。それまで,教壇に向かって平行に並べられていた机と椅子は班ごとに作業しやすいように班ごとに寄せ集められ,小学校の給食タイムのような陣形になった。

 こういう班分けの際ドキドキするのはどういうメンツが集まるかだ。数少ない女の子と同じ班になり,この作業がきっかけで親しくなって,数年後,どっかの喫茶店で1つのグラスに2つのストローを突っ込んでお互いの顔を見つめながらジュースをすすりながら「私たちの出会いって,あの『新人紹介新聞』だったわよね」なんてことを振り返る未来が訪れることだってなきしにもあらずんば,虎児をえずだ。

 私は,長身でスタイルのいい女(ラッキー)と神経質そうな汗かき男,あとは印象の薄い男何人かと一緒になった。

 汗かき男,山根はなにやら非常に焦っている様子。トイレにでも行きたいのか。美女,加藤はクールな見かけによらずこの幼稚な壁新聞制作に目を輝かせている。

 人事部の菅野が「油性マジックセットを用意したのでこれを使って書いてください。」と教壇前のテーブルに並べた途端山根は走り出し,あっという間に取ってきた。キャップがくっついていて開かないことに気が付くと,すぐさまそれをしまい,再び猛スピードで教壇前のテーブルに走り,別のマジックセットを取ってきた。キャップの開かなかったさっきのマジックセットは菅野にその事実を報告せずに元の場所においてきてあり,山根は,あれを別の班の連中が使い,時間をロスさせて出し抜く作戦を画策したようだ。なかなかめざとい。敵にはしたくないが,味方になったとしても,エイリアン系のホラー映画だと人を出し抜いてまで助かろうとするものの結局食い殺されてしまうようなタイプだろう。

 美女加藤はしゃべらなければいい女だが,しゃべり出すと途端にぼろが出るタイプ。でも,仕切りたがり屋。

「この紙の中にそれぞれの好きな動物の輪郭を書いてさあーその中に自分たちのプロフィールを書いていくっていうのはどうかなぁ。」

と甘ったるい声で男達に呼びかける。理系卒の男ドモが美女に反論できる技を持っているはずもなく,その提案に反論を唱えるものはなかった。かくして我々の班の「新人紹介新聞」は完成したのである。

 私は模造紙の右下隅に自分のスペースを確保し,魚の輪郭を描き,中に

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図1 やる気のなさバリバリのプロフィール。我々の新人紹介新聞にはこんな感じのものがあと6つくらいレイアウトされていたわけだ。山根はカニ,加藤はウサギを書いていた。内容は私のよりはマシだったと思う。

名前:西川善司

趣味:映画鑑賞

好きな食べ物:牛肉

とだけ書いた。(図1)

 これを見て私を引き抜きたい,と思う採用担当は絶対いるまい,と確信した。ちなみに,残念ながらこのファンシーな出来映えの新人紹介新聞が後日どこに張られてどんな反応があったのかを私は知らない。

 壁新聞制作の時間が終わり,机と椅子が元の位置に戻され,研修1日目の終了を告げられる。ここで,人事担当の菅野がプリントやテキストを配り始めた。今後の研修で使うテキストらしい。

「このうちの『新人のための練習帳』は一週間後に集めますので,各自毎日コツコツやっておくように」

?…宿題か。どんな宿題だ?

 なんと「新人のための練習帳」は紛れもない漢字練習帳だった。しかも,ウィーゼルの自社製品名を何度も書かせるという…(図2)。社会人たるもの,字がきれいでなくてはいけない…という狙いのものらしいが…。

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図2 最上段にお手本,そのあとに点字でお手本のガイドが付く。まさに昔懐かしの漢字練習帳。漢字練習帳なのにひらがなカタカナを書かせるページも多かった。ちなみにシロクマくんはウィーゼル製エアコンの商品名。

 1時限目が交通安全,2時限目が消防の心がけ,そのあとが壁新聞作りで,宿題が書き取り練習帳…。明日は一体何が起こるのだろうか。

第7回分

199x年4月4日 ソフトボール後援会の話

 新人研修二日目は,野球帽をかぶったおっさんの登場で幕を開けた。ざわめく,新人達。

「おはよう。みんな元気か。おやおや…どーしたどーしたー元気ないぞー。」

普段はどこぞの部署で課長かなんかをやっていて,いつもは猫背でパソコンに向かっているおっさんなのだろうが,野球帽とカラ元気で体育会系を無理矢理アピールしてるって感じだ。

「えー,ここ,ウィーゼル製作所ソフトウェア開発事業部は,とあるスポーツを事業部のコンセプト・スポーツとして支援しているのだな。」

 とあるスポーツ? 野球帽をかぶっているのが実は伏線だったりする。

「えー,ソフトウェア開発事業部という名前からも連想できると思うが…」

 ま,まさか…。

「それはソフトボールである。」

 連想できるかー。できるのは,笑点の菊三ぐらいのもんだ。

 ここ,ウィーゼル製作所ソフトウェア開発事業部では「ソフトつながり」ということでソフトボールというスポーツを全面支援しており,実業団リーグに本格的に参戦しているらしい。このおっさんはそのウィーゼル製作所ソフトボール部の後援会会長らしい。

「ウィーゼルは実際,強くてね。うちの選手は世界大会の全日本代表にも選ばれるほどなんだよねぇ」

 後から知ったことだが,実際,リーグ優勝をするほどの強豪チームらしい。選手達はみんな名門校から集められた一流選手ばかりだそうだ。

「そこで,みんなに相談なのだが…」

なんか暗雲がたちこめてきたぞ。

「みんなにこの後援費用を少し負担して欲しいのだな。」

な,なにーっ!?

「もちろん強制ではないが,ソフトボール部員もうちの所員であるわけだし,同じ所員としてバックアップするのは当然の義務だと思うのだが,どうかな?」

 どうかなって…あんた…。

「具体的には1人一月300円で,これが給料から天引きされるシステムになっている。」

 会社がそうしたスポーツを支援するのは分かるが,そういうのは会社側のできる範囲でやってこそ意味があるってものだ。どうせ会社のイメージアップとかの一環なわけだし。安い給料からなんで月々300円もとられなきゃならないのだ。

「たった300円だからな,月々。1年でもたった3600円だ。タバコ1箱我慢すればOKなんだし。」

 タバコを吸わない人を論旨に入れてないあたりがすでに横暴だが,それよりも私は生まれてからこのかた「3600円」という金額に「たった」という副詞を補って使ったことがないので,そっちのほうがショックだった。このオヤジ,リッチマン…。

「今から名簿を回すので,この後援会に入るものは名前の横に○印をつけてほしい。」

さすがに同期達は動揺を隠せない様子でざわめいている。

「ちなみに,いうまでもないことだが,『女子』ソフトボールだぞ。」

そんなことは分かっている。男子でソフトボールをやるのは学校の授業くらいのものだ。

「いやぁ,ソフトボール部員は実に気のいい娘達ばかりでね。年頃の娘ばかりなので私も自分の部下などを彼女たちに紹介するのだが,どうもウマが合わないようなんだよなぁ。彼女たちは,うちの技術者を『なまっちろい』といって嫌うし,うちの所員は『どーも元気がよすぎて…』なんていうし。わっはっは。男と女は難しいねぇ。」

 この例を持ってして「男と女が難しい」議論を展開するには例があまり一般的ではないと思うのだが,どうだろうか。

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豪華カレンダー想像図(私は入会しなかったので一度も見たことはないのだが…こんな感じだろうか。)

「そうそう,入会した人は優先的に試合のチケットが手に入れられる特典があるぞ。さらに,毎年,会員にはソフトボール部員の娘達の写真が入った豪華カラー印刷のカレンダーが支給される。」

「その豪華カレンダーの制作費と印刷代をチーム後援費に回そう」という意見が後援会内部から出なかったところをみると,所員から集められた300円の行き先に一抹の不安を覚えずにいられない。どおりで「3600円」に「たった」を付けられるはずだ。

 名簿が私のところに回ってくる。

 みると50数名の同期のうち9割がたの人間が○印を付けていた。私は受け取るなり隣に回す。名簿が全員に回り,後援会長のもとへ戻される。

「おーし。それでは,今から,ウィーゼル製作所ソフトボール部のビデオを見てもらうぞ。」

 部屋が暗くなりウィーゼル製50インチ大型プロジェクションテレビに灯りがともる。そこにはアンダースローで時速100km/hを超える剛速球を投げるピッチャーの映像が映し出された。確かに女性だが,そのたくましさは平均的な男性を遙かに超えている。なんで下投げでカメラで捉えられないほどの球が投げられるのだ? もし,こんな女にひっぱたかれたりしたら鼓膜損傷は免れまい。ビデオを見ながら後援会長がしゃべる。

「彼女達は普段はうちの各部署で事務の仕事をしてるんだよね。そうそう,後援会に入らなかったひとぉ,職場で気まずい思いするかもよー。彼女たち,怒らせると怖いからねぇ…。わっはっは。」

私は配属先にソフトボール部員がいないことを暗闇の中で祈り続けた。

 

 

第8回分

199x年4月4日 第三種接近遭遇の話

 新人研修の二日目は,その日の予定された全てのカリキュラムを終えた。終業を知らせる音楽は研修場所と使われているこの講堂にも流れている。背伸びをするもの,机にうつぶせになって仮眠するもの,それぞれにそれまで緊張しきっていた体を和ませていた。

 人事担当の小岩が,足早に講堂に入ってきて雑談で騒がしい新入社員に向かって大声を上げた。

「今日,これより食堂にて君たち新入社員の歓迎会を行います。速やかに食堂の方へ移動してください。」

 このとき私はうつぶせになって目を閉じていたのだが,小岩の声が,巨大ロボットアニメ「機動戦士ガンダム」の敵役シャア・アズナブルの声に酷似していることに気が付いた。もちろん小岩の声だということにはすぐ気づいたが,目を閉じた目の前が完全な真っ暗な世界では,小岩の声に合わせて,兜をかぶりSMの女王様マスクみたいなのをつけたシャアが私に語りかけてくる映像しか現れない。私の真っ暗闇の世界では小岩ではなく,シャアがしゃべっているのだ。

「ほらー,後ろの方で,寝てるヤツっ,食堂へ急げよっ」

 光栄なことに,私はあの赤い高速モビルスーツを操る百戦錬磨のシャア,直々に起こされてしまった。なかなかできない経験だ。

 食堂ではスーツ姿のおじさん達20人程度がすでに思い思いに雑談を楽しんでいたが,我々が入ってきたことに気づくなり声のトーンを落とし,こちらの方を向いた。

 このおじさん方はウィーゼル製作所ソフトウェア事業部内の各部の部長クラス以上とのことだ。まー,ようするにいわゆる「お偉方」というヤツだ。

「えー,本年度,入社した新入社員達を歓迎する会を執り行いたいと思います。まずは事業部長から一言お願いします。」

 ガンダムでは不敵だったシャアも,お偉方の前では緊張している様子だ。

 続いて,一人ずつ自己紹介をしていくことになった。シャアに名前を呼ばれたらマイクの前に立ち,適当に自分のことを話すという進行だ。ありがちな企画だが,ちゃんとした同期の自己紹介を聞くのは,実質的にこのときが初めてだったので,新入社員自分達にとってもかなり興味のあるイベントだったといえる。

 自己紹介の順番は社員番号,実質的には名字の五十音順で,まずはア行の人間からだった。

「続いて,小谷進君」

kotani.gif (46139 バイト) 私はウィーゼル時代に思い出深い同期が何人かいるが,この小谷君も忘れることができない同期の一人だ。

「東京大学卒業の小谷進です。趣味は読書で…」

 言っていることは至って普通だが,その外見,しゃべり方がものすごいのだ。自分も人の外見をとやかく言える身分ではないが,非常にエイリアンチックなのである。私は初め彼をH.R.ギーガーのデザイン・アートかと思ったくらいで,火炎放射器を小脇に抱えたシガニー・ウィーバーがガラスを突き破って登場してもいいくらいの雰囲気を持っている。ちょっと小太りなので,ややデフォルメされている感じもするが。

 さらに,すごいのは,その話し方である。ちょうどドリフターズのヒゲダンスのような姿勢をとり,これだけでもすごいのだが,話している最中,終始,正面から左右30°〜40°程度に体を反復ひねり運動をし続けるのだ。まるで,話すためのエネルギーをそのひねり運動で生成しているようなイメージである。

 さすがに,小谷君というキャラクターはその場にいた人間全員にインパクトを与えたようで会場はかなりざわついた。

 この他,数人の,インパクトあるキャラクターが数多く登場したのだが,その紹介は別の機会にしたいと思う。

 新入社員歓迎会が終わり,解散となった。

 ところで,私は歓迎会の間,この小谷君と帰ることを心に決めていた。彼に猛烈に興味を持ってしまったのである。

 もしかしたら,彼は既に地球に移り住んでいるエイリアンかも知れないし,それならば,友達になれれば異星文明に触れられるかも知れない。また,すごい超科学力を用いて作られたスーパーアイテムを友人の証として貰えるかも知れない。たとえそういうのが無理だとしても,もし,彼と友達になれば,彼ら一家が母星に帰るときには映画「E.T」なみの感動シーンが実現するかも知れない。とにかくボクは小谷君に近づいていった。

「小谷君,一緒に帰ろう」

「…」

返事はないが,彼の横を歩く。

「小谷君てどこに住んでるの? あ,今は寮だけどさ,そうじゃなくて地球上の…っていうか日本のどこ?」(聞き方が既に非常に不自然である)

「田園調布」

「えっ,すごく高級住宅街じゃない? 研修終わったらさ,いつか遊びに行っていいかな」

「…うちは他人は中に入れないの」

 意味深なセリフで今でもよく覚えている。

「そ,そうなんだ。(ちょっと話題を変えよう)あのさ,同期の女の子で,気に入った娘とかいる? 短大卒業の娘達ってちょっとかわいいと思わない?」

「…ブツブツ…興味ない」

 地球人女性には興味ないのか,ボクの話題に興味がないのかは結局分からずじまいだったが,この言葉を発したあと,彼はその体型からは想像もできない速度で走り出し,私から遠ざかってしまった。

 お友達作戦失敗である。

 彼がなぜウィーゼル製作所に入社したかは不明だが,今後,ウィーゼル製品で超テクノロジー製品が登場したとしたら,彼の技術力が生かされた製品かもしれない。

第9回分

199x年4月×日 教育の話

 50名強いたウィーゼル製作所新入所員(ウィーゼルでは従業員を「社員」とはよばす「所員」と呼ぶことが多い)は所員番号(出席番号みたいなもの)で2つのクラスに分けられ、それぞれのクラスごとの新人研修のカリキュラムを受けることになった。

 ウィーゼル製作所の各事業所には独立した教育の専門部門が存在し、これが所員の教育にあたっている。「教育」とはいっても「新入社員のための教育」に限ったものではなく、この部署はあらゆる所員に対する教育を受け持っている。

 たとえば、ウィーゼル製作所ではインターネットはごく限られた一部の所員しかアクセスすることが許されていないのだが、業務内容でどうしてもインターネットへのアクセスを必要に迫られたときなどは、この教育部門に「インターネット講座」を申し込み、「インターネットとはなんぞや」ということをここで学ぶことになる。「インターネットとはなんぞや」なんていうことはウィーゼルに入社するような人間ならば大抵のものは知っているので、ほとんどの場合その講義の時間は各自の睡眠時間の補充にあてられてしまうことになる。

 「教育」は半日、あるいは一日単位で行われるため、もし自分の得意分野、既に独学で修得している分野ならば半日、一日単位の「ぼーっ」とできる時間を獲得できることになるのだ。だから食堂などで所員同士の「へへへ、明日、おれ、教育。」「いいなぁ」なんていう会話はざらに聞けるし、業務に関係があるかどうかも分からない教育をさも必要なふうに説得して上司を言いくるめ、息抜き的に「教育」を申請するものもいるほどだ。とはいっても、各教育過程の最後には試験があり、これをパスできないと上司などにこっぴどく絞られるので、うけるにはそれなりに覚悟はいるのだが…。

 ソフトウェア開発事業部は事業部の敷地近くに5階建てのビルを持っており、教育部門はここで活動している。所員の居眠りのための施設にしては非常に金がかかっているのだが、こういう無駄なところにも金がかけられる余裕あってこそ大企業というものなのだろうか。

 さてさて。我々新入所員達の最初の頃の教育内容は基本的なコンピュータ言語を使ったプログラミング演習がメインだった。「ソフトウェア開発事業部に配属された人間が今更プログラミング演習?」と思う人もいるかもしれないが、驚く事なかれ、全員が全員コンピュータに触れているとは限らないからだ。私は既にお話ししたとおりコネで入社したが、ウィーゼルは卒業大学のスペックで採用を決定するため、卒業学部によっては「今回初めてパソコンにさわる」なんていう人もいるわけなのだ。

 「C言語でクイックソートのプログラムを作る」なんていう課題が与えられても分かっている人はすぐ取りかかれるが、「キーボードの使い方がわからない」なんていっている人には目がくるくる回りそうな仕打ちである。「学習内容のレベル不均等」という現在の学校教育が抱える問題はウィーゼルの教育現場にも発生していたのである。

 我々のクラスの過半数の人間がプログラミング経験者であったため、与えられた課題をクリアしたあとはほとんど自由時間になってしまっていた。寮の同室の渡辺君などは、この空き時間に「ミサイルコマンド」のクローンゲームを作ってしまうほどの強者ブリを発揮。このゲームがクラス内の数人のプログラミング好きの人間に渡り、おのおの手で改造が重ねられて、かなり完成度の高いゲームとして仕上がってしまい、教育最終日の頃にはほとんど全員のパソコン上でこのゲームが起動している…という状況になっていた。私はというと、当時、Z-MUSIC Ver.3.0を開発していたので、課題を終えた空き時間はほとんどこれのコーディングをやっていた。

 ところで、我々のクラスにも、数人、やはりプログラミングをしたことがない人がいた。なかでも印象深かったのは東京理科大学数学科卒業の山根君。大学のスペックもAクラス、性格的にも非常にまじめな彼は、多分これまで経験したことがない「遅れ」を肌で感じていたようだ。なにしろ課題どころか、自作ゲームまで作って遊んでいる連中に取り囲まれていたわけだから、相当いたたまれない状況だったと思われる。

 ある日、山根君から「西川君、C言語のポインタが全然わかんないんだけど…」と汗だくの真顔で相談された。かの宮永先生がパソコンサンデーで連呼していた「パソコンは習うより慣れろ」という精神を彼にも伝えたのだが、すぐ別の人の机に言って同じ質問をしていたところを見るとボクのメッセージは彼には伝わらなかったようだ。 ちなみに2年後、山根君は仕事についていけず、職場で日々精神的なダメージを受けていたようで、無断欠勤の連続のあと健康上の都合を理由に退職した。彼は大学スペックも高ったし頭も良かったので、彼にあった事業所に配属されれば活躍した人材だったとは思うのだが、ウィーゼルは罪深い人事をしたものだ。

 さて研修も5月に入ると新たな局面を迎えることになる。それは「現場実習」だ。果たして一体それはどういうものなのか…。

つづく


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